出会った頃のこと
私が祖母の家のそばの本屋さんで、『アボサンのふるさとメルヘン』を手に取ったのは、
小学校3〜4年生の頃だったと思います。当時アボサンのことはまったく認識がなく、
惹きつけられたのは、単純に、「絵がすっごく可愛いから」。
小さい頃から漫画が大好きで、自分でも絵を描くのが好きな私にとって、アボサンの描く絵
は理想的な可愛さを持っていました。迷いなく、おばあちゃんにもらったお小遣いで、
その本を買ったのです。
しかし、いざ、アボサンの世界に足を踏み入れてみると、東北弁が多用されたそれは、
カワイイだけのキャラクター漫画ではありませんでした。そして小学生の私には、
いまひとつ馴染めないまま、本棚の片隅に残されました。
なにせ、当時の私は、ストーリーマンガよりギャグマンガ派で、
「しあわせさん(オヨネコぶーにゃん)」や「つるひめじゃ〜!」が愛読書だったくらいですから。
* * *
昭和55年(1980年)頃、私の周りで阿保美代を知っている人といえば、
母と、親戚の従姉妹と、学童保育の指導員の女性ぐらいでした。
母と従姉妹は感性が似通っていたので不思議ではありませんでしたが、
快活な指導員の女性(当時大学生)が阿保美代ファンだと知ったときは、興奮しました。
当時はそれくらい、阿保美代を知っている人というのは貴重な存在だったのです。
大人になるにつれ
小学生の時には、いまひとつアボサンの魅力を理解できなかった私も、
中学の後半になると、再びアボサンの漫画を開くようになります。
アボサンの作品が出ていると必ずチェックし、『ふるさとメルヘン1&2巻』『時計草だより』『くずの葉だより』を買い揃えました。
もうその頃には、アボサンワールドにどっぷりと浸かり…。
学校で「尊敬する人は?」の質問に、「阿保美代」と答えていたくらいです。
思えば、アボサンの作品を味わえるようになったのは、成長の証と言えるのかもしれません。
中学に入り、つたないながらも楽しいことや辛いことを経験し、
自分の心の中に少しずつ奥行きが出てきた時に、
アボサンの世界観がせまってくる…、とでもいえるでしょうか。
* * *
高校に入る頃には、萩尾望都、大島弓子、山岸凉子など24年組の作品や、
手塚治虫の漫画、陸奥A子、萩岩睦美、有吉京子、岩館真理子、くらもちふさこ、吉野朔実、
川原泉(…挙げたらきりがない)など、思春期〜少し大人向けの作品にも入っていきます。
しかしそれら素晴らしい漫画の中にあっても、阿保さんの作品は惹きつける力を持ち続け、
何度も何度も本がボロボロになるまで読み返していました。
そうそう、私は、絵を描くことが好きで、漫画家になりたいな〜と夢想することもあり、
アボサンの樹木の描き方など、ノートやスケッチブックによく真似をしていました。(でも、難しいんです!)
言ってしまえば、私の思春期の一部はアボサンでできているようなもの。
中年に差し掛かった今でも、ページを開くだけで、アボサンの世界に没入できます。
それは時を経ても色褪せることなく、確かな手ごたえのあるもので居続けています。
作品、その絵と語り
「ふるさとメルヘン」は、東北弁で語られているけれども決して土くさくなく、暖かさと情緒のみが際立ちます。
「時計草だより」「くずの葉だより」は、アボサンはヨーロッパ滞在経験があるのでは?と思わされるほどにヨーロッパの香りに満ちています。
なかでも一番、私の心を揺さぶっているのは、一貫して細かく丁寧に描きこまれている木々や緑の風景です。
スクリーントーンを使用せず、オリジナリティにあふれた点描や線描を用いて描き出す、みずみずしい自然の姿。
この風景の描き方は、個人的には、日本漫画界随一のものだと考えています。
『くずの葉だより』の中の「緑のことば」をご覧ください!
雨にぬれた緑の香り、雨粒の輝き、水分をたっぷりたたえた、しかし爽やかな空気・・・、
もう、これでもかというほどに伝わってきます。
素晴らしいものは他にもたくさんありますが、きりがないのでこのへんで。
いつかお会いできたら
アボサン、不思議な方です。東北とヨーロッパをものの見事に融合してしまった人。
アボサンがどんな人生を送られて、何を見てきたのか、
そして、それらがどうやってあの素晴らしい世界に結実することになったのか、すごく興味を持ちました。
若い頃には「出版社にファンレターを送れば、連絡を取れたりするのかなあ」なんて思ったこともあります。
その気持ちは今も抱いていて、いつかお会いできて、お話ができたら嬉しいなあ、と思うのです。
どうしてここまでアボサンの作品にひきつけられるのでしょう。
特徴的なのは、ヨーロッパの香り(描かれる小物など細部までとてもセンスがいいんですよね…)と、
描かれる緑の美しさです。私はそれらがとても好きなのです。
あとは、甘いだけでない、哲学的で詩的な洗練された語り口でしょうか。
とにかく、非日常に一気にワープできる世界観が素晴らしい。
「世界の住人になりたい」
告白すれば、私は、数十年、「アボサンの世界の住人になりたい」、
この村に住みたい、と本気で憧れ続けているのです…。
『くずの葉だより』の中の「羽根のある美術館」──絵の世界に入ってしまうおじさんの話です
が、あんな感じ。そういえば、学生の頃、「なりたい職業」の回答欄に、
「美術館の館長」って書きましたね…。
実はこの作品の影響です。
そんな魅力あふれる世界を、もっと多くの方に知ってもらって、味わってもらいたい。
いまの時代だからこそ、からだに、こころに、深くしみいり、
まるで、森の中を歩いた後のように、生きる力を与えてくれるはずです。
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