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 時計草だよりシリーズ
 ◇ 単行本未収録作品について@  
illustration ©MIYO Abo 1972-1999 
 先日、アボサンの単行本未収録の作品をいくつか見ることができた。1980年前後の雑誌数冊分を。 見る前は、本に収録されていないのだから、出来がいまひとつの作品なのかな、と思っていた。 いざ見てみると、むしろなぜこれが載っていないのか、と思うものもあった。

 時計草だよりも、くずの葉だよりも、 あの村や町の世界は、グーンと広がって、まだまだ登場人物も、 ストーリーも、テーマも豊富だったのだなーと思わせる。 当時、雑誌から読んでいたファンの方々は、これをご覧になっていたんですね。

 私が知らなかった、阿保メルヘンワールドが、まだまだそこにあった。 それはやはり、繊細で、明るくて、大胆で、様々な方向から心を掴み、楽しく、時に切なく、 そして真理があって、哲学的で、こぼれそうな緑の葉が描かれていたりする。

 やはりこの時期、'70年代の終わりから'82年頃までが阿保先生の全盛期で、 作品も素晴らしいものが多いのだと改めて感じた。

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 それを、いくつか、ここで紹介しておきたい。 ただ何ぶん30年前の雑誌なので、紙質も印刷も粗く、 裏のインクが透けていたりで、見づらい点も多いこと、あらかじめ御承知ください。 (画像は1ページ目のみ引用、クリックで拡大できます。)



 イタリア麦のぼうし 〜時計草だより 9〜

「イタリア麦のぼうし」より (C)阿保美代/講談社  北欧の町並の飾り窓。その一つに、帽子を二つかぶった煙突掃除の男の人形がある。 以前はその隣に、南国から来た美しい女性の人形もあった。 明るい彼女は、陽光と青い海に囲まれた故郷を思い出しては歌っていた。 彼の心に火が灯る。

 ある夜、彼が窓ガラスを拭いて、月下の青い銀世界を見せると、彼女はこれも好きと言う。 二人の心は近づく。そんな時、彼女は猫に襲われてしまう。残されたのは一つの麦わら帽子。 彼はそれを被って、彼女の帰りを待つけれど…。

 初期の「トクトクトク」を新たにしたような、男女の人形の暖かく切ないロマンティックメルヘン。

掲載誌/引用元:『週刊少女フレンド 1979年 第23号』 p.213


 もうこの1ページ目で、北欧の洒落た街角へと誘われるよう。 大きな飾り窓のアップから入り、ナレーションとともに、 カメラは雪の街並みを映し、やがて一軒の窓に寄っていく。 さて、この人形にどんな物語が…とワクワクするような導入部。お話も良い。

 実際に阿保さんは旅行されたのだろう、描写も実感を伴っている。 先生の繊細なタッチが、雑誌の印刷では潰れてしまっているのが残念。




 パパンピプさん ようこそ 〜時計草だより 15〜

「パパンピプさん ようこそ」より (C)阿保美代/講談社  おかみさんの宿に、パパンピプ氏という小太りの紳士が一晩泊まりに来る。 氏は何かと理屈を言っては、一方的に価値観を押し付けてきて、 彼女や他の宿泊客たちをウンザリさせる。

 彼女は仕方なく、夜明けとともに氏に一番馬車で出て行ってもらう。 そして朝の林道を一人散歩しながら、自身の好みや習慣に想いを馳せて、 それを自分らしく大事にしていこうと思う。

 最後は、馬車の中の氏が、もらった朝弁当を食べながら、 帰りにまた寄ろうと思うシーンで幕。

掲載誌/引用元:『週刊少女フレンド 1980年 第5号』 p.55


 作品の中に日常の生活にも通じるテーマが生きている。 身につまされる人もいるかもしれない。 絵も魅力的。宿のさっぱりとしたインテリア、朝霧の中の涼しく透き通った空気、 回顧する彼女を包む装飾など、阿保ワールド全開で弾けている。

 最終ページ枠外の柱には、「春は見たい映画がいっぱい、と大はりきりの阿保先生にお手紙を!」とある。




 カロの部屋 〜時計草だより 16〜

「カロの部屋」より (C)阿保美代/講談社  おかみさんの宿に、部屋代を滞納している魔法使いのカロさんがいた。 支払いを催促しても、何かと誤魔化される。錬金術を研究中というが、失敗ばかりで信用もできない。

 ある日、カロさんの留守を見て部屋に入ると、綺麗な水晶玉があるのを見つける。 彼女がそれを覗き込んだ途端、天上界のような幻惑の世界へ入り込んでしまう。 美しいけれど怖い世界…。

 カロさんの助けで、彼女は現世に戻る。 その後もカロさんは宿の部屋で錬金術を試すが、 今度はカボチャが大量に出来てしまって…fin。

掲載誌/引用元:『週刊少女フレンド 1980年 第6号』 p.175


 メルヘン色の強い作品。 ここは宿の屋根裏部屋だろう。ランプと共に天井からぶら下がっている ドライフラワー(ラベンダー?)も、いい雰囲気だ。 おかみさんの現実的だけど優しい性格にも心が温まる。

 最大の見所は、阿保さんの手によって描かれる、水晶の中の幻惑的な世界と、その表現。 西洋絵画のような断崖絶壁、そして風景の鳥瞰。天使の翼に雪が降り、それが悪魔に変わる怖いシーン。 色彩の言葉も豊かでイメージが広がる。




 ところで、後の2作品を見ると、これは宿屋のおかみさんを主役にした連作のようだ。 単行本『時計草だより』には、同一主役の3〜4連作が幾つか載っているが、 収録された「かげぼうし」は、彼女の連作の内の一つだったのかもしれない。(前後は未確認だが)

 そうか、と思って、単行本を開いて読むと、 白い紙に綺麗に細かい印刷がされていて、粗くぼけた雑誌との差に驚く。 ああやっぱりこうして本で読みたいと思う。

 逆に雑誌の良いところは、大きさだ。 単行本(新書判)のサイズより縦横が1.5倍ほど大きいから、 迫力や広がりがあって、自然と細部まで目に入ってくる。 あと、枠外の柱に阿保先生の近況が書かれているのも楽しい。

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 本当にこの時期は、阿保さんの創作の泉がこんこんと沸き出ているような状態に見える。 キャラクターも生き生きしている。 舞台である世界、石畳の町や木々や人々が確かに在って、 そこで空気を呼吸して、生活している。

 もう一つ嬉しいのは、30年経った今も、作品が殆ど古びていない(と私は感じる)こと。 雑誌には他の作家さん方の漫画がいくつも載っているが、 やはりその殆どは、絵も舞台もファッションも、一昔前('70〜80年代)の匂いが拭えない。

 しかしこの時期の阿保さんの作品は、日欧米を融合させた洗練された絵柄による、 ファンタジーメルヘンの世界だから、 欧米のスヌーピーやムーミン、ディズニーの世界と同じく、 古びることとは縁遠いのかもしれない。

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 さて、心配なのは、これらの原画・原稿が今もしっかり残っているかどうか、ということだ。 もう無いとしたら、出版されるとしても、この雑誌のコピーになってしまう。 それではアボサンの繊細な仕事や作品の魅力は十分伝わらない。

 もし阿保先生が原稿を保有されているなら、出版される機会を待ちたい。 出版社さんや編集者さんでも同様だ。 これほど素晴らしい作品が、雑誌のみで、殆どの人の目に触れず、 このまま消えていってしまうのは、あまりに惜しく、勿体無いと私は思う。

 とはいえ1980年前後となると、今から30年も前になる。 原稿は今どこで保管されているのか、紛失したりして行方知れずなのか、 全く分かっていない。




2011-02-01
著者:ライラック
illustration ©MIYO Abo 1972-1999


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