ふるさとメルヘンの中でも、「雨降り天狗」は、私の大好きな作品の一つです。
主役の"鼻ぺちゃ天狗"も愛らしく、勇気があり、
作品全体が思いやりに溢れています。
途中、日本昔話を参考にされたのでしょうか、
大蛇と一緒に山を下るという、冒険的なシーンがあり、
それもアボサンにしてはダイナミックで、面白い。
とはいえ、何より私が好きなのは、後半のストーリー展開なのですが。
物語は、「むかしむかし…」という出だしから、
親が子に読み聞かせるような、リズムのある方言で語られていきます。
* * *
とある柏の森の近くの山村。
日照りが続き、このままでは飢饉だと、庄屋さんが参っています。
というのも、雷様が出入りする山頂の門前で、
門番の"雨蛇どん"がトグロを巻いて眠ってしまい、門が開かないのでした。
庄屋さんは、神に祈るように、大声で、
「誰でもいい、雨を降らせた者には、おらの娘ば嫁にやるど!」と叫びます。
すると、それを聞いていた柏の森の天狗が、
「ならばおらが嫁さ もらったぞ」と、木の上から応えるのです。
「あめふりてんぐ」(2p)より ©阿保美代/講談社
とはいえ庄屋は相手にせず、
「お前みたいな、鼻ぺちゃのみそっかす(一人前になれない者)が、
大きいこと喋らんこった」と一蹴するのでした。
天狗は顔を真っ赤にして、泣きそうになりながらも、
勇気を出して、遠い雨の門へ行く決意をします。
というのも、天狗は、庄屋の娘に惚れていたのでした。
動物と遊び、花を愛で、小鳥と歌う、めんこいあの子に。
そんな気持ちを胸に、彼は、命懸けで、
山を越え、谷を超え、川を上り、雲の上にある雨の門へ向かい、辿り着くのです。
雨の門の前には、ぐーすか眠る雨蛇どん。彼は知恵を働かせ、
「……に美味いお酒がある」と言って、酒好きな雨蛇を誘い出し、門前から動かします。
それでやっと門が開き、雷様と雨雲が出てこれて、大雨を降らすのでした。
「あめふりてんぐ」(5p)より ©阿保美代/講談社
ところで、次のページ(写真下)の最初の場面で、私はいつも引っかかりを感じます。
「天狗に謀られたと分かった雨蛇どんは、とっとと山へ帰ったど」と、
雨蛇が怒りもせず、恥じらうように山へ帰ってしまうんですね。
普通の昔話なら、ここで雨蛇が怒って、天狗に復讐しそうですから、
ここがちょっと甘いと捉えられかねない点です。
ただ、この雨蛇は、心のおっとりしたキャラクターですし、
天狗の誘い方や動機にも悪意は感じられません。
そもそも門前で寝てしまった彼に非があり、
なので雨蛇はそんな自分に照れて、さっさと帰ったのだと、納得も出来ます。
何よりも、このお話の最大の見所が来るのは、この後なんですよね。
だからここはあっさり済ませたのかもしれません。
話を物語に戻しましょう。
「あめふりてんぐ」(6p)より ©阿保美代/講談社
雨を降らせた天狗は、「やっほーっ」と、飛び跳ねて喜びます。
これで約束通り、あの子をお嫁にもらえるのです。
それこそ彼が命まで懸けた動機でした。
喜ぶ彼が、そっと庄屋の家の庭先を覗くと、家族が話しているのが見えます。
庄屋が、まさかあの天狗に出来るとは思っていなかったこと、
娘には別に好きな人がいて、天狗の嫁に行くのは嫌だと泣いていること。
天狗は、それを見て、一人、何を思ったでしょうか。
そしてこの後、どうしたでしょう。
あくる日、庄屋の嫁入り一行が柏の森へ向かうと…。高笑いが聞こえ…
「あめふりてんぐ」(7p)より ©阿保美代/講談社
天狗は、みんなが幸せで済む、見事な解決策を打ち出したのでした。
彼一人が欲を捨てればいい方法を。
でも、「ぐわっはっは」と笑って、颯爽と跳び去っていく彼の心持ちはどんなだったでしょう。
ともかく、嫁入り一行は、この言葉に大喜びです。
さて、森の奥まで来た天狗。一人、おでこに手をやります。
さきほど威張ったフリをしていた時の眉毛は、松の葉っぱを付けただけだったのでした。
それを一人、ぽつんと外して、うつむく。
そして、こみあげる本音…。
彼は鼻ぺちゃだから、天狗にならず、謙虚だったのでしょうか。
切ないけど、清々しい。
また、この前後の阿保さんの手描き文字もいいんですよね。
いい味を出してます。
* * *
最後のページでは、雨蛇どんが天狗をいたわり、一緒に酒を酌み交わします。
そして天狗は、柏の木の枝で、羽織と下駄を脱ぎ、素の姿で眠るのでした。
そこにナレーションが添えられて、物語は幕を閉じます。
そこには、村の人々が、彼に感謝をして「柏もち」を贈ってお礼をしたこと、
また雨が降らなくなると彼に頼むことがあり、
そこで降る雨は、ただの雨か、潔い天狗の涙かも分からない、と書かれます。
ここでタイトルと繋がるんですね。
こうしてみると、この世界は、互いに思いやりを持っていて、だから暖かい。
「あめふりてんぐ」(8p・最下段コマ)より
©阿保美代/講談社
ラストシーンで、眠る彼の周りには、細かい点描で陰影をつけた、柏の葉がたくさん描かれます。
それは、葉越しに彼を覗き見るような構図なのですが、
この葉っぱは、眺めるうちに、"神さまの手"のように見えてこないでしょうか。
柏の森の神々が、本当の真心や勇気をもった彼を、
優しく暖かく、さり気なく、讃えているように見える。
この葉が、涼しい風を彼に送って、さらには、拍手の音さえ聞こえてくる。
彼はその優しい自然の中で、安心して眠っているんですね。
それは真に幸せそうに見えます。誇らしげのようにも。
だって、自分を恥じるところなんてない。
ですからこれは、そんな彼を、大自然の神々が抱きしめている、
賛歌のようにも、私の目には映るのです。
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