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 ロマンシリーズ
 ◇ 峠のあかり
illustration ©MIYO Abo 1978 
 「峠のあかり」は、絵の手触り感といい、優しい言葉といい、夜の幻想性や、温かい光の表現まで、 巧みな阿保タッチで描かれた逸品です。

 収録された『お陽さま色の絵本』には、狂気を感じるものから、明るいメルヘン、 抒情詩的なもの、切ないドラマ、乙女チックな作品まで多彩にありますが、 本作は、心が暖かくなる、絵本のような作品です。

 子供の頃、真夜中といえば、未知で恐ろしい世界ではなかったでしょうか。 そんな夜に目覚めてしまった少年の、ふたたび眠るまでのお話。

*    *    *

 少年タムは、ある夜、寝付けず、起きてしまいます。 耳を澄ましても、家中、村中まで、しーんと静かです。窓の外を見ると、真っ暗な夜の闇が広がっていて、 世界中で自分だけ起きているような気がして、いっそう不安になります。

 窓の外を眺めると、遠く木々の向うに連なる山々の、ぼんぼり峠に、 わずかな光が見えます(写真下)。 お分かりになるでしょうか。右の山のてっぺん近くの、星のような光。 これは夜回りのテレンスさんの家の明かりです。


引用:『お陽さま色の絵本』 p.39 「峠のあかり」より (C)阿保美代 / 講談社
2ページ目の最下段コマ。遠くの峠に、小さな光を見つける。
(『お陽さま色の絵本』 p.39より ©阿保美代/講談社)


 画面はタムの視点から離れて、テレンスさんの仕事ぶりが描かれます(写真下)。 彼は毎夜、暗い森の中を、ロウソクランプを持って、見回りに行く。 夜の動物たち、フクロウさんや白ウサギさん、みんなの安全を確かめます。

 そしてお星さまにも挨拶。「今夜の空はとても滑らかなので、 すべったり迷子にならないようにね」。 細かい網目の背景に樹木の並ぶ幻想的な絵に、何ともメルヘンチックな言葉が重なります。


引用:『お陽さま色の絵本』 p.41 「峠のあかり」より (C)阿保美代 / 講談社
3ページ目の下段コマ。テレンスさん、夜の森を見回り。
(『お陽さま色の絵本』 p.41より ©阿保美代/講談社)


 次のページをめくると、今度はテレンスさんの家の中が映し出されます。 明るい電球のもと、ストーブの上でシチューがコトコト音を立てている。 そうしてこの家の窓から漏れる明かりが、遠くのタムの心に、こう届くのです。

 「ぼくが起きているから、安心してぐっすりおやすみ」。 家の窓明かりに、テレンスさんの手提げランプが重なって、 そこから幾重にもじんわり光が広がって、タムの心に温かさが伝わります(写真下)。 テレンスさんの優しい声が、こちらまで聞えてくるようです。


引用:『お陽さま色の絵本』 p.42 「峠のあかり」より (C)阿保美代 / 講談社
4ページ目の下段コマ。光が輪のように広がり、タムに届く。
これは、タムが峠の小さな光から膨らませた心の中のイメージ。
(『お陽さま色の絵本』 p.42より ©阿保美代/講談社)


 それで心が満たされたタムは、そちらに向かって優しく少し手を振って、 安心したのか睡気がやってきて、ゆっくりと布団に入り、眠りにつきます(写真下)。

 最後の場面は、峠を上るテレンスさんの後姿。 その先に彼の家。窓から光が漏れ、煙突からは湯気がモクモクと。 その向こうに、満天の星空と、綺麗な流れ星が描かれます。 テレンスさんが、いつも通り夜回りを終え、家路についたのでしょう。

 作品は、このシーンでおしまいです。 私は、しばしこのシーンに見入って、何とも言えない気分に浸ります。


引用:『お陽さま色の絵本』 p.43 「峠のあかり」より (C)阿保美代 / 講談社
5ページ目、上段。タムの手の膨らみや、上げ具合や角度も良い。
2段目、眠くなり、布団に入り、眠るタムの様子が3連コマで。
下段、仕事を終えたテレンスさんが帰路につくラストシーン。
(『お陽さま色の絵本』 p.43より ©阿保美代/講談社)


 ちょっと不思議な作品ではないでしょうか。 実際、テレンスさんはこの夜、タムに対して何もしていません。 彼は家の電球をつけたまま、森へ見回りに行って帰ってきただけです。 今晩のタムの不安も知らないし、何も意識していません。

 寝付けないタムは、しーんとした家の中で孤独感を募らせますが、 峠の小さな光を見て、そこに今も起きている他者の存在を感じ、安らぎ、眠りにつくのです。 そうさせたのは、タムの心の中にいる普段の優しいテレンスさんのイメージなのでしょう。

 きっと二人の間には親交があったのでしょう。それは作中には書かれていません。 でも、この背景には、阿保さんによるイメージ豊かな世界があって、 そこにまで想像を寄せると、 この作品はさらに膨らみを増していきます。

*    *    *

 アボサンの好きな絵本「スノーマン」 (レイモンド=ブリッグズ著)では、 雪だるまを作った少年が、その夜眠れず窓の外を見て、幻想的な一夜が始まります。 命が宿ったスノーマンを家に案内し、そして空に飛び立ちます。 その美しい絵による夜のファンタジーと、切ないラストシーンも秀逸でした。

 また、「ふくろうくん」(アーノルド=ローベル著) という絵本の最後に、「おつきさま」という話があります。 夜、主人公が、空のお月さまに語りかけますが、返事はありません。 でも月は散歩する彼をどこまでも追いかけてきて、優しく照らします。 しまいに彼は感動して、ベッドでぐっすり眠れるというものでした。

 どちらも夜を舞台に、無垢でユーモアに溢れた作品で、 それは、宇宙に独りだけいる自分と、それを見守る存在を描いているようです。 阿保先生は、こうした絵本からも一部着想を得ていたのかもしれません。

*    *    *

 本作も、ゆっくり読めば、なんという優しい作品でしょう。 最後のシーンを見ていると、何かが心の底からこみあげてきます。 だって彼はタムに対して、このとき何もしていないのですよ。

 一コマ一コマに目をやれば、絵も細かい手技の味わいがあり、言葉も洗練されています。 夜の幻想的なイメージ、幼いタムの仕草、テレンスさんの人となり。光の表現。 それらが高いセンスと手腕で、一篇の作品に編み上げられて、 その端々に、メルヘン作家・アボサンの優しい心が滲み出ている。

 「峠の明かり」は、本当に遠い、わずかな光なんです。 そんな小さな光であっても、闇の中にいる人の心に、 明るい希望を灯らせることがあるのでしょう。





2011-04-04
著者:ライラック
illustration ©MIYO Abo 1978

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