阿保さんの世界を知ってしまうと、なかなか満足できるものがなくなってしまう。
特にメルヘンファンタジーの世界だと、そうそう良いものに出会えない。
かつて'80年前後に、
大島弓子さんの「綿の国星」や、萩岩睦美さんの「銀曜日のおとぎ話」があった。
チビ猫も妖精ポーも可愛くて、その世界にハマったものだ。
さらに猫十字社さんの「小さなお茶会」があり、
やがて天才肌の川原泉さんが出てきて、メルヘンとは少し違うが、泣ける作品を残された。
その後'90年代に入って、さくらももこさんがメルヘンっぽい作品を描いた。
そして西原理恵子さん。水彩画風の叙情的な絵も言葉も上手い。しかしジャンルが違うか。
それ以外にも、ちょこちょこ見てきたつもりだが、あまりピンと来るものはなかった。
この世界、特にメルヘン・ファンタジーの短篇では、
たぶん阿保さんが草分けで、多くの面で上質だった。
最初にして、二度と出てこない才能だったのか。
* * *
と思っていたところで、手に入れたのが、
奈知未佐子さんの「雲のおしゃべり 風のうた」(2003年刊)という本だった。
彼女を知ったのは、くだん書房のサイトで、漫画家の新里敦子さんを評して、
「阿保美代や奈知未佐子に通じる上質なメルヘンを書く作家…」云々と書かれているのを見た時だ。
おお、阿保さんと並べられている。(※新里さんの本は絶版)
それですぐ、奈知さんの傑作集を一冊買ったのだが、
当初、阿保作品と比べてしまって、物足りなく感じた。特に絵の部分の差が大きい。
ただこの時、ストーリーがしっかり組み立てられていて面白い、とも感じた。
そして最近になって、「雲のおしゃべり〜」を買ってみたら、これが意外なほど良かった。
なるほど、阿保さんと並べられる理由が分かる。
さらに数冊入手した。
ざっと読んでみて、これは良い作家さんだと確信した。
* * *
奈知さんは、'97年に、作品「越後屋小判」で、漫協の優秀賞を受賞。
この作品が一つの典型になるだろうか。
時代物風の舞台に、煩悩のある人間と、純粋無垢な動物がいて、
その無償の愛によって人が目覚めるという、心洗われるような話。
その他、昔話、西洋風、現代物、トンチ話まで、内容は様々。
大体は、メルヘン・ファンタジーと人情小噺の要素を掛け合わせたような作品で、
そこに彼女流の「ジーンとさせる」エッセンスが加わる。
絵はさっぱりしているが、独特の上手さと味がある。
阿保作品と比べると、ページ数、言葉数、コマ割りは多い。
その中で、しっかりと物語が組み立てられ、ナレーションに添って展開する。
オチも爽やかで、読後感も良い。
絵本や小説にしても成り立ちそうな内容だ。
奈知さんは、画力や叙情性ではアボサンには及ばないが、
時代物の知識や、細やかで丁寧なプロットの面では、凌ぐ部分があると思う。
私は、彼女が、'90年代以降のショートメルヘン漫画家の代表と言えるのでは、と思った。
* * *
ところで、奈知さんの作品を見た後で、阿保さんの作品を見ると、
物凄く濃密に見えてくるから不思議だ。
「小粒で、繊細で、控え目」に見えていた阿保ワールドが、
大変な量の描線や黒塗りや、点描による装飾で出来ていることが分かる。
奈知さんは、白い背景に、細い描線で、くっきりコマを割り、シンプルな絵を描く。
対して阿保さんは、黒い背景や、大コマをふんだんに使い、
限られたページ数の中、洗練された絵と言葉によって、一気に叙情世界を演出する。
ふと、阿保さんの作品は、映画的なのかな、と気づく。
映像が動くようにコマは展開し、アングルを変えていく。
夜に星屑が瞬く幻想的なシーン、自然や風景のコマを飛び越えた広がり。
精妙な線描で、なんとも美しい世界が画面に息づいている。
今回、遅まきながら奈知さんを知ったと同時に、
いろいろと認識を改めなければ、と思った次第でした。
…アボサンは凄い、ほんとに。
2010.10.09
著者:ライラック