童話作家の安房直子さんと、阿保さんを比べるのは無理があるだろうか。
同じファンタジー童話の作家であり、
日本情緒と西欧メルヘンを合わせたような名作を幾つも残している。
活躍した時代も、'70年代から80年代と同じだ。
生まれは安房さんが12年早く、世代は異なる。童話小説と漫画で表現も異なる。
安房さんが日常の隙間から幻想を見せる一方、
阿保さんは通じて抒情的な話が多い。
一作一作の充実度、国内での評価、知名度まで含めると、安房さんの方が一段上か。
では、漫画界に、この安房さんに比肩するような
メルヘンファンタジーの短篇を描いた人がいるだろうか?
私には、このジャンルで、それに近いものを数多く残した人は、阿保美代さん以外、思い浮かばない。
* * *
私は子供の頃、安房直子さんの童話に、よく読み耽ったものだ。
「青い花」の鮮やかな傘の色、「海からの贈り物」の桜貝のおはじきの音、
「魔法をかけられた舌」の地下街の光景。
文章でここまでありありとイメージが広がるのかと驚かされる。
対して、阿保さんの漫画は、何よりその繊細で叙情的な絵に大きな魅力がある。
自然や人や様々なものが、巧みな構図とコマ展開の中、生き生きと息づいている。
安房さんは「青い花」で、文章のみで、瑞々しい色彩に溢れたファンタジーを描き出した。
阿保さんは「緑のことば」で、言葉を使わず絵だけで、風や空気や、
微細な感情に揺れるロマンスを描いた。
どちらも表現として最高水準のものだと思う。
それを比べるのはナンセンスで、いずれも素晴らしいとしか言えない。
ただ一つ、人間や文明に対する洞察では安房さんが、
溢れるような自然の表現ではアボサンが長けていると思う。
それは、都会の東京生まれの安房さんと、
田舎の東北育ちの阿保さんの違いと言えるかもしれない。
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安房さんも阿保さんも、デビューから10年ほどは素晴らしい作品を描き続けた。
しかしある時期を過ぎると、作品から魔法が解けたように魅力が失われていった。
私は当時リアルタイムで知人とそれを話した覚えがある。
漫画家では、陸奥A子さんもそうだった。(少しジャンルは違うが)
恐らく、10年20年と、質の高いメルヘンファンタジーを創り続けることは難しいのだろう。
どこかで何かが失われ、それは形だけのものになっていく。
だから心から純粋に創造が湧き出ている時に、それを残しておくしかないのかもしれない。
安房さんも阿保さんも、それを見事に成し遂げられた。
私も多くの人も、その宝石のような作品に触れる幸せを頂いている。
2010.07.09
著者:ライラック