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阿保美代・作品のレビュー 〜アボサンの繊細で大胆な世界〜


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小さな駅にて  (「陽だまりの風景」より)   


 この作品を、どう表現すればいいでしょう。 ストーリーとかドラマは、特にありません。 秋の風景と、馬車を待つ一人の駅長さんと、その言動や黙想が描かれます。

 ただそれだけ。そこに詩的なナレーションが添えられるぐらい。

 全体は、ほどよく洗練されて、余白があり、何度見ても飽きません。 そして読むたびに、なんとも不思議な気持ちに浸れます。

*   *   *

 舞台は、小さな村の駅の前。 駅といっても、乗合馬車の停留所。 村の森林の前に、遠い町とつながる道があり、今日、久々に馬車がやって来るのです。

 駅長さんは、早朝から、落ち葉をホウキで掃きます。 鼻歌を唄いながら、野の花をいっぱい摘んで、花瓶に水を汲み、 テーブルにティーセットの準備。



引用:『陽だまりの風景』 p.105 「小さな駅にて」より (C)阿保美代 / 講談社
「小さな駅にて」より (©阿保美代 1976/講談社)



 それが終わると、駅長さんは、馬車が着いたらどう挨拶しよう、と声を出してみます。 また出発する時には、と様々に考えながら、その到着を待ちわびます。

 彼はふと、遠い町と繋がる風景を眺める。 穏やかで、寂しいような、草の生えた丘陵に、蛇行する一本の道があり、 その側に、秋の枯れ木が並んでいる。 馬車はここを通ってやってくるのでしょう。



引用:『陽だまりの風景』 p.106〜107 「小さな駅にて」より (C)阿保美代 / 講談社
「小さな駅にて」より (©阿保美代 1976/講談社)



 彼は、あくびをして、パイプをくゆらせ、今度は逆方向を眺める。 一本の道が、丘陵を蛇行しつつ、遥か地平線の彼方まで続いている。 それを見ているうちに、彼の頭に、ある思いが浮かぶ。

 「地球は丸いなんて嘘みたいだ。平らという方が本当みたいだ。」 「コロンブスやマゼランの航海は、平面上の夢だったのでは…」。 次第に駅長さんもうつらうつら…。

 ラストは、馬車を待ちながら、林の前のベンチで眠ってしまう駅長さん。 樹木から、枯れ葉がはらはらと落ち、足元にたまっていく。 そこに詩が添えられて、幕。

*   *   *

 詩的なナレーションに、簡素な並木の風景と、駅長さんの楽しそうな姿で、 すっと、この世界に誘われる。

 そして2〜3ページの、遠方までつづく道の風景画。 油彩画を元にペンでザッと描き直したような、妙な遠近感があって良い。 黙想時の、パウル=クレー風(?)の抽象画も面白い。 まさに駅長さんが船を漕ぐという。

 空の風の流線も、ぎこちないようで、しかし確かに、広い上空をゆったりと流れている。



引用:『陽だまりの風景』 p.108 「小さな駅にて」より (C)阿保美代 / 講談社
「小さな駅にて」より (©阿保美代 1976/講談社)



 もしこの作品から、文字をすべて除いたとしても、 それなりに成り立つでしょう。 駅長さんに感情移入して、その思いを想像する。

 これは内観というか、瞑想というか、 ゆったりした時間の流れに身を任せて、 頭にぼんやり浮かんだことに思いを巡らせることで、 なんともいえない時間。

 とはいえ、やっぱり作者のアボサンの言葉は素晴らしい。 絵とも見事に融け合ってるし、それに乗るのが一番かもしれません。

*   *   *

 この作品の、優れた点を、どう表現すればいいのか、 この情感を、どう伝えればいいのか、 それはとても難しい気がします。

 だって、何かストーリーがあるわけではないし、テーマや意味も、あるのかも分からない。 ただこうして一時、駅長さんに同化して、日常の喧騒を離れて、 しばし瞑想に耽るような、不思議な気分をくれる。

 そして最後、あの秋の並木の風景。静かに舞い落ちる葉。そこに添えられる詩。 容易に言葉にできない世界が、そこにあります。





2011.09.24
著者:ライラック
illustration ©MIYO Abo 1976



□ 追記── この時期の作品群のこと、行間のこと


 この時期の「ロマンシリーズ」の作品群も、良作揃いではないでしょうか。 単行本『陽だまりの風景』には、本作の前後に、「バクのゆめ」と「10月の笛」があり、 さらに佳品「小さな二重唱」が続きます。

 それらを読んでいると、この'76年頃の作品の独特の雰囲気も、 やはり只ならないという気がしてくる。 こうした作風を、詩的な世界を描ける人が、他にどれほどいるでしょう。

 そして、この時期にも、残念なことに、単行本未収録作品があります。 例えば、「バク〜」から本作の間(少フレ16〜20号)に5作あり、すべて未収録。 題名だけでも興味がそそられます。 (参照:作品リスト#1976)。

*   *   *

 さて、'75年に、阿保先生は、16ページの作品を幾つか描かれていました。 '76年春から、「週刊少女フレンド」で連載が始まり、 同5月にスタートした「ロマンシリーズ」は、1作品たった5ページに。

 どんな過程でそうなったのかは分かりませんが、ともかく、 阿保美代は、その限られたページの中に、洗練された作品を描き出すようになります。 本来なら10〜20ページいる内容を、巧みに5ページに収めていく。

 この特殊な世界、たった5ページの中に、多くのものを込める手法。 その絵の中に、コマの間に、微細な表現や、暗喩や、表に現れないものがあります。 それを読み取るうちに、 アボワールドは、読み手の前に、新たな魅力を見せ始めるのです。

*   *   *

 初期('72〜'77頃)の阿保作品には、こうしたものが多くあって、 それはすぐには分からなくて、つい読み流してしまう。 でもよく見れば、そこには、何かがあるのです。

 たとえば、「風の村」では、旅の青年が、通りがかった村の泉で水を飲んでいると、 そこに女性の姿が映る。対面にいるのだ。 ハッとして見上げると…。次のコマでは、遠い森の中に後姿。 このコマ間、行間に、何を感じるか。

 「あかいくつ」も同様で、田鶴ちゃんの本心は、表立って書かれない。 でもその微かな表情や、草むらに靴を捨て置いたこと。 何より突然お嫁に行ったこと、それはいつから決まっていたのか。 そう背景を考えていくと、全く深みが違ってくる。

*   *   *

 本作でも、2〜3ページ目の風景は、村の左右につながる道を、交互に見ているんですよね。 でもそれは一切説明されません。

 ですからそれを、駅長さんの首の傾け方、風景の違い、 彼の心の台詞──「遠くから… ずっと遠くまで道が続いている」で、読み取ることになります。 ただそれが、本当に正しい見方なのか、私にも分からないのですが。

 でも、そうするうちに、阿保さんの描く世界の、ひとつ奥へ入れる気がするのです。




2011.09.24
著者:ライラック
illustration ©MIYO Abo 1976

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