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阿保美代・作品のレビュー 〜アボサンの繊細で大胆な世界〜


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こぐまの春  (「アボサンのふるさとメルヘン」より)   


 『ふるさとメルヘン』所収の作品です。 もしかしたらこの一冊こそ、最もアボサンらしさが表れた本かもしれません。 何度読んでも魅力は失われず、むしろ深まります。 その中で、「こぐまの春」は、ヨーロッパの香りを含んだファンタジー童話です。

 ところで、某雑誌にも書かれていたように、 阿保さんの作品の魅力を言葉にするのは、とても難しい。 本当にそれは、見て読んでもらって、その人の心に溶け込ませて、 感じて頂くしかないのです。 ですから、少し写真を添えてみることにしました。


『アボサンのふるさとメルヘン』 p.19 (C)阿保美代 / 講談社
コグマは、太く粗いタッチの短い線を重ねて描かれている。
手触りや重みが伝わる。首にはチャームポイントのスカーフ。
さらりと描かれた冬の枯れ木の表現も上手い。


 ここで、途中までのストーリーを、かいつまんでお話します。

 両親を失った独りのコグマが、冬眠から目覚めてしまい、空腹で山の中をさまよっています。 草むらに何か光るものが落ちていて、口の中に入れて舐めていました。 と、突然の物音に驚き、飲み込んでしまいます。 そこには一人の少女が。大事な鍵を失くして困っているとのこと。

 コグマは先の物だと気づきますが、もう日が暮れるからと言って、暖かい家に案内します。 少女は疲れて寝てしまう。コグマは一緒にいたいと思う。 寄り添うと、少女は「ネコヤナギと寝ているみたい」と微笑む。 周りの小動物たちもコグマも、なぜか辺りに、ほんのり春の匂いを感じる。

 ……と、ここまでも見所があるのですが、その次のページに行きましょう。

*   *   *

 写真(下)で見えるでしょうか。上記の話に続く、終盤のハイライトシーンです。

 右上3段のコマは、こぐまのくしゃみとともに鍵が出てきて、 二人が呆気に取られているシーン。中段ベタの右下、鍵にハイライト。 続いて少女は鍵を確認する。コグマは戸惑って、「あ…あの… あのね…」と。 少女は微笑する。コグマは何かハッとする。 最下段、少女は愁いを帯びた表情で、手を伸ばして、カチっと何かを開ける。

 ここは、じっくり見ることで、微細な互いの表情と感情の変化が伝わってきます。


右ページ下のコマは縦に圧縮され、少女の顔も小さい。しかし表情も周囲も変化している。
右最下段、少女の伸ばした手の先、枝葉の中に小さく「カチ」の文字。そこから…。
『アボサンのふるさとメルヘン』 p.24〜25 (C)阿保美代 / 講談社
左ページ上、枠無しの大コマ。右上に「重い冬の扉 あけて やわらかい春へ……」。
2コマ目、コグマは、「あの子 春の子だった」と気づき、「かんにんね」と謝る。


 左ページの大ゴマへ。少女が扉の向こうへふわりと飛び、 画面にはネコヤナギでしょうか、花をつけた枝葉が一面に広がります。 前ページで圧縮されたコマから一気に開放され、爽やかな風とともに春の息吹が舞い込んでくる。

 ここで、先に申し上げたように、前ページ(写真右下)の繊細な描写に しっかり入り込んでいるかどうかで、 二人の立場の変化や、圧縮〜開放へのギャップも大きくなり、 このシーンから受ける印象は随分と違ってきます。

 ここに、アボサン流の、繊細で大胆な漫画表現のトリックがあって、 じっくり読めば応えてくれる深さと、それでこそ味わえる感動があるのです。

*   *   *

 さてここで、左ページ最下段のコマを見てください(下に拡大図)。 真ん中少し左、何が描かれているか分かるでしょうか。

『アボサンのふるさとメルヘン』 p.19 (C)阿保美代 / 講談社


 これは、こぐまが、こちら向きに、頭と体を地面にひれ伏して、謝っているのです。 横に揺れるフキダシで、「かんにんね……」の3回目。 アングルは春の精の方からの視点で、左にフキダシなしで彼女の返事が書かれます。

 そしてページをめくると最終ページへ。 その最上段、さらに遠くに引いたアングルの、上と同じような構図のコマがあります。 そこに、「ありがと…… かぎみつけてくれて」の優しいメッセージ。 私は、そのシーンを何度見ても、胸が締め付けられるような気持ちになります。 それを言葉にするのは難しいのですが。

*   *   *

 この物語は、最後、「もう春だよ……」の言葉の後に、 花びらが舞う初春の草原で、コグマと、別のクマが、少し顔を赤らめて、 遠く見合っているシーンで終わります。

 これは、コグマの幻想でしょうか。 春の子の聖なる力が、今は亡き母親の姿を、コグマの前に現出させたのでしょうか。 もしそうなら、その夢から覚めた時、 彼の孤独感が一層強くならないか、と心配にもなります。

 いや、互いのクマが顔を少し赤らめているのを見ると、 これは現実にコグマの目の前に現れた、恋人候補の雌クマかもしれません。 それこそ春の到来と言ったところで、 このラストシーンにも明るい希望が溢れます。

 その解釈は、きっと人それぞれに委ねられるのでしょう。

*   *   *

 ところで、この作品、安房直子さんの童話「北風のわすれたハンカチ」(1971)と 少し似ているところがあって、両方を読み比べてみるのも、また楽しいかもしれません。 私の想像ですが、阿保さんは、安房さんの「北風〜」にインスピレーションを得て、 「こぐまの春」(1978)という新たなファンタジー漫画を作られたのではないでしょうか。

 月の輪熊はコグマに、魔法のハンカチはネッカチーフに、青い少女は春を呼ぶ精霊に。 家のストーブは絵になって、そうしてストーリーは全く別物に。 氏の自然の表現と発想力が反映された、素晴らしい短篇ファンタジーに仕上がりました。

 「こぐまの春」は、絵やキャラクターや話は無論、阿保さんの選ぶ言葉もまた素晴らしい。 アボサンの暖かさと画力が発揮された、メルヘン漫画の秀作です。




2010.09.10
著者:ライラック
illustration ©MIYO Abo 1978

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